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2011.03.10 Thursday

今日の専務 越智家の系譜




父と母の結婚式 専務が最後尾で背伸びしているのが分かります?

両親は教会で出会い、その教会で結婚をしました

そこでの1枚

でもこの結婚の裏事情は、すでに以前ブログでお伝えしたように、

政治的な思惑がたくさん絡んだものでした。

ハッピーだったのは、背の高い理想の男性を捕まえた母だけ!?



前のブログにあるように、

長男・次男を祖父は戦争と病気で早くに亡くしてしまいました。

そこで家を継ぐのが三男の隆さんになります。


祖父は特定郵便局を開設したかったのですが、

軍人だったということで局長として認めてもらえません。


そこでこの三男を大学から呼び寄せ、

今治市内の郵便局長へと仕立てます。


それまで、越智家は今治でも市街地の高橋という村にいました。

先代は村長さんをしていたとか、

さらに、もともとは瀬戸内の島で先生をやっていたとか。

だから越智家には別の屋号があるそうです

「橋元」  おそらく島の橋のふもとに住んでたんでしょうね。


まあそんなこんなで、

今治市内で一代で築き上げた

母の実家「神野酒店」の繁盛振りや

その堅実さは祖父の耳することなります。



五男だった父は予科練を出たものの、終戦となり、

さあどうしたものかと、東京に働きに出ます。


そこでであった女性との結婚を望んだのですが、

そんなわけの分からない女性は駄目だと、

その頃寝たきりであった祖父は猛反対。



神野酒店の長女だったら良いということで、

母との結婚が整った次第です。

個人の意思よりも、家父長制がまだ優先された時代、

まったくもって憲法と市民の意思が繋がらない不思議な結婚制度であり、

日本人の結婚観にあっているような、あってないような!?



専務もこの家督を継いだ隆さんも、その間の久さんも

みんな痩せ型だったのですが、父はそうでもなく、

おそらくそれは予科練の賜物かも知れませんが、

専務を知る人にとっては、この父の体格の分かる一枚は驚きかもしれません。



まあともかく専務はその頃、

今治の老舗 明治10年創業の丸五呉服店に働きに出ます。

そのお店、まだご健在でこんな立派なホームページが!


母は今だに専務の反物の丸まきの仕方、

たとうしの紙縒りの結び方を見て、

「さすがに丸五さんで修行しただけある」

と一目もおいています。



創業当時さかえ屋は百貨店であったものの、

しかも「ウサギ印のさかえ屋百貨店」というキャッチフレーズまで!!

しかも開店初日には、チンドン屋さんをやとって宣伝するほど!!

いきこんでいたのですが、


が、やはり知識のないものが、やけっぱちでやっていたのは、続きませんね。

あの家電オンチの専務と母がテレビ売っているなんて・・・

苦笑いするほど、痛いことがおおかったらしく、

着物へ一本への勝負をかけていきます。(婦人服も扱ってましたが)


このテレビの逸話は面白いことが多く、

専務曰く、お客さんにテレビを納品したものの、

さて、映らない、そこで専務はテレビを叩いたらしいのですが、

そこでテレビが映るようになったとか、ならなかったとか


専務の綱渡り「さかえ屋もろとも」人生の始まり始まり・・・

(続く)
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