着物の日が伝統工芸を殺す
Japan government again will kill real Kimono industry
English vastion will come soon.
経済産業省が「きものの日」を制定しようとしている。 これはすでに産業としては瀕死の日本の伝統・民族衣装「着物」を復活させ、各地域残る着物の作り手を支援、ひいては地域経済の活性化を目的のためだという。果たして「きもの日」は虫の息の各地の伝統工芸のきものを甦りの特効薬となるのか。10年呉服に携わり、呉服を稼業とする家に生まれ、呉服の栄枯盛衰を肌身に感じてきた私には、「きものの日」が毒薬ともなりえると感じ、恥ずかしながらこういった文章を書かせていただいた。
着物への理解なしに、ただ「着る」という行為だけが推進されるのは、「着物まがい」が蔓延する昨今は危険と、呉服業界の片隅に従事する者として肌身に思う。形が「着物」であっても、日本の歴史につながる製作工程を経ていない、ただ形をだけの着物。合成繊維、ほとんどが機械で作られている、海外産、これらはずっと安価で、またレンタル店もその後のお手入れを考え、こういったものが多く利用されているのだ。そして「まがい物」と本物との相違がわからないほど、着物と私たちの生活が離れてしまったのだ。
何が本物かを知らなければ、値段が一番重要な判断材料とされるのは否めない。はい成人式だ、はい七五三だと通過儀礼で着物を着ているのに、なぜ地方の伝統工芸の着物産業は衰退したのだろう?今や夏のおしゃれ着として地位をえた浴衣を例にとって私なりの解説をさせてもらいたい。浴衣姿が毎夏増えていても、実際に本当の浴衣を守り続けている工場は毎年一つ一つとその営業に幕を閉じているのはご存じだろうか。実は数年前には、日本で唯一続けられていた銅板染めという技法が幕を閉じた。
浴衣を着ることで日本文化、伝統に貢献できたと思う無垢な満足心を否定したくはない。ただ、その浴衣ははたして我々の祖母祖父が着ていた浴衣と同じといえるものなのか。この風土と歴史が生み出した技法と素材、そして日本人によって作られたものなのだろうか。今年また復活したユニクロの浴衣、私はこれを浴衣とは呼べない。それは歴史と全く掛け離れ、商業的観点でのみ作られているのだ。少し長くなるが、まず浴衣の誕生について触れ、ユニクロの浴衣が伝統と接点を持たないかを説明したい。
浴衣は、着物に比べて歴史が浅い。(湯帷子という麻の着物を浴衣とすれば平安時代から)。現在の一般的な認識で言うと、浴衣とは綿で作られた単衣の着物であるが、その原材料となる綿がようやく生産されるようになったのが江戸時代なのである、
着物が原型になるのだから、浴衣に対しても着物と同じ美学で創作された。一般的な袷の着物の場合、裏地がある。歩くとめくれる裾。手を口元に挙げれば、自然とその袖口の中がのぞける。その裾、その袖口の裏地にも色が添えられているのだ。歩くたびに見え隠れするその裏地の色が着物に他国の衣装にはない深い美しさを添える。そういったことから、浴衣は伝統的には、表裏にも模様(色)が付くように作られる。江戸時代では型を使い、表地と裏地ぴったりと模様をあわせて染付をした。それが今でも残る長板中型染めである。その後、明治時代、この手作業がもう少し簡便にならないかと作られたのが、「注染」という技法だ。二人分の反物を風畳みにして、糊で模様部分に土手を作り、そこに染料を注ぎ、減圧する装置いれる。この時、色(模様)が布を浸透して、両面に柄が付くという塩梅だ。
(長板中型染 http://2daime.kimono-sakaeya.com/?eid=328431)
この技法が生み出されたとき、すでに日本ではロールプリントという片面だけ模様をつく技法が西洋からもたらせていた。それにもかかわらず、われわれの祖先は、たった2反しか染められず、大変な装置が必要な注染を作ったのだ。そしてもう一つ、先述の籠染め(銅板染)という技法だ。もちろんこれも両面に模様が染められる。着物を理想とする浴衣は、無論裏側が真っ白ではあるべきはないという理念が、より手もお金もかかる技法を使っていたのだ。しかしながら大量生産と安価を目指すユニクロの浴衣は、もちろん裏は真っ白。大型の生地をプリントで片面だけ模様付けするのだ。
(籠染め http://2daime.kimono-sakaeya.com/?eid=909023)
そしてもう一つ浴衣の仕立てついてもユニクロは効率を貫いている。着物と浴衣の生地、反物を見ると、一定の幅がある。(横38CM 長さ12M)これは、着物は産業革命前から存在するため、人の手だけで縫い、機織りする場合、最も都合がいいのだ。機織り機を思い出してほしい、あまりにも横幅が広いと、櫂が人力ではとどかないだろうし、織るときも力がいる。
着物・浴衣の背中側、真ん中の中心に縫い目がまっすぐととおっている。幅を作るために、縦に置いた反物を縫い合わせているのだ。ただユニクロや大量生産で作られる生地は、とても広い洋服に使う生地をつくり、あえてこれを本物の浴衣や着物ににせて、真ん中に縫い目を入れるのである。
そうなると、裁断したエッジは、もろく、引張りがきかない。(食パンの耳:機織りで織った場合の端っこと同じ。そこで留まっている。反物と同じ。食パンを半分切った側:繊維がほつれている。ユニクロの裁断した布)立体裁断ではない着物・浴衣は、一番幅の広いお尻の部分だけ伸びてしまうのである。
このような伝統技法を無視し、機械で大量生産された3000円の浴衣を前に、反物だけで1万円以上する伝統的な注染染めの浴衣。もし本来の意味を知らなければ、どちらを選ぶだろうか。そして、海外でミシン仕立てされたプレメイドされた浴衣で、和裁士は職をなくしていく。結果的に、日本人は「着物・浴衣とは自分に合ったサイズを着るもの」という考えをなくしていく。自分の祖先は、自分のサイズ、家族のサイズに合わせ和裁をしていたのに。
腕がよい職人ほど、口下手で、商売が下手。自分が着物の歴史につながり、さらに技法を向上させようと滅私で仕事に専念するからだ。一方で、着物は利益を生み出す打ち出の小槌と考える大企業は商売上手である。着物は高いという社会のイメージを使い、暴利に溺れる業者は宣伝上手で、資本もたくさんある。仕入れの値段の何十倍をもつけて販売するということは、数年前のスキャンダルからもまだ変わらない。(著者英語のエッセイメトロポリスにて掲載 https://www.facebook.com/notes/%E3%81%95%E3%81%8B%E3%81%88%E5%B1%8B%E5%91%89%E6%9C%8D%E5%BA%97/killing-the-kimono-my-essay-on-a-magazine/10151484823791481 )
すでにこんなニュースもすでに見つけた
http://news.mynavi.jp/news/2015/06/18/485/
”手ごろな合成繊維の着物を販売する” (Nissenが手掛ける店舗)
「きもの日」制定のニュースをうけ、大型チェーン店の「日本和装」の株価が急上昇した。この企業はチェーン展開しており、たくさんの支店で同じものを売るのだ。着物は大量生産がその工程から難しいことから疑問を感じるうえ、こういった不誠実なうわさも後をたたない。
スクール口コミサイト 日本和装 http://search.knowledgecommunication.jp/kuchikomi/s4184/72532/
こういった歴史を無視した着物や浴衣がよりもっと販売されるれば、「きもの日」は死神といえるだろう。本物を作る職人たちの気持ちを踏みつぶすだろうから。ただもし本物というものを我々が知り、それをゴールとするならば「きものの日」は天使になるだろう。経済産業省という部門からいうと文化教育ということは難しいのかもしれないが、文部科学省、文化庁と連携し、われわれ日本人に何が本物の着物・浴衣かを提示(教育)しないといけないのだろう。他省庁との億劫と思わないでほしい。それだけ経済産業省はきものの産業を軽視しいていたのだから、今その代償として、そしてもう一度日本の基幹産業につなげられれば、結果経済産業省の目的が真に達成できる
もちろん経済産業省が動いたことだけでも評価したい。
それは着物産業が危機的状況にあるといわれて何十年がたっているのだ。今やピーク時に比べ売り上げは10%に過ぎない。
呉服屋である私が身近に呉服の終焉を感じる良い例がある。いわゆる、反物(着物の生地)から和裁士が着物を仕立てる前に、湯のしという作業が行われる。(湯のし屋という専門業者がいる)これは、絹の糸目は湿度によりゆがむため、蒸気をあてることにより、生地を均一にし、そして柔らかく、縫いやすくするためだ。私が子供だった頃、車で5分の湯のし屋は毎日仕事していた。暇をもてあましている子供の私は、番頭にねだってそこにつれていってもらった。そして、また次の日にとりに行くといった風だった。
しかし私が店に入った10年前には、1週間に1度しか湯のしの釜は蒸気をあげなくなった。その後、2週に1度。呉服屋歴60年近い母はいう。おそらく燃料費(蒸気を作るには重油がいる)にもならないのに、あの湯のし屋さんは偉いね。仕事が好きだね」実際、ほとんどの業者は店をたたんだ。
本物の着物、地域で職人の手を介してうまれた着物。日本は南北に細長い。地域それぞれの風土と気候違う、絹が作れないところでは、草木を糸に使う。また祖先の知恵と歴史が生み出した着物。都のあった京都には華やかな技法、地方ならではの鄙びた模様。たとえば、日差しの強い沖縄、アジアとのつながりがあった沖縄でしか創造されないような極彩色と奇抜な柄。天然の染料しかない時代、亜熱帯の沖縄には本土にはない草木があり、それが違った色を添えたのだ。こういった歴史と地域につながった着物は、たくさんの地元の人の手から生み出される。着物産業ほど、分業が発達し、多くの人が介する産業を私はいまだかつて知らない。(そういったことで経済産業省が地方再生のために着物に目を向けたことは間違いないと確信する。)それは産業化される前から、存在していた証でもあろう。機械がなければ人間が行うのだ。糸を作る人、糸を染める人。糸の色でも人は違う。たとえば金糸と銀糸は別の職人が作る。そしてその糸から布(反物)にする人。白生地、紬、また種類によりそれぞれ携わる人が違う。白生地から、地色を塗る人、絵を描く人、刺繍をする人、金を置く人、防染するひと。反物を洗う人、大まかにあげてもこれだけのことがある。それが問屋にわたり、呉服店に届けられ、呉服店はお客が着るシチュエーションや年齢、面立ちを考えて、提案していく。そして今度はその着物に必要な帯を含めたまたいくつもの小物のコーディネートをする。この帯一つとっても、着物を作る人たちとは全く別の職人たちが、またも恐るべき分業して作り上げていく。分業して、その職人の専門性を特化すれば特化するほどその仕事は洗練され、さらに精緻になっていく。その人それぞれの仕事と手間を思うと、値段は機械で作るより高額になってしまう。
ただ高いだけではない、長い歴史の中、日本は「もったいない」という精神が息づいている。
その哲学が着物は結集しているのだ。母の着物は私の着物になり、また娘へと3世代が着られる。たとえ身長が違っても、年齢が違っても、縫い替えや代替えでそれが可能なのだ。私の母は身長が144cmで私は157cmそれでも母の着物を作り直し、私が今も着ているのだ。特に「もったいない」精神が如実に物語っているのが、袷(裏地のある着物)の仕立て方だ。西洋のスーツにも裏地があるが、かならず表地が裏地を覆いかぶさっている。ぜひ袖口を見てほしい。表地が裏地に折り返されて縫われている。着物はそれが逆なのである。裏地が表側に折り返されて表地とつながる。これは、裏地がエッジを守ることで、表地に汚れや傷がつかないためである。歩くとどうしても裾がこすれる。するとこの裏地が先に切れ、表地には損傷がない。洗い張りという特別なケアの際に、裾の裏地の天地を逆にして、和裁してもらえば、新しい生地を購入することなく着続けることができるのだ。そうやって着物は高いが、息の長い着物なのだ。
そしてこういった真の多少は値段がはるが(実際問題、小売値段を呉服屋が独自に決めていいという業界のルールから、適正思う値付けの店もあると思う)本物の着物や浴衣を購入してもらい、親子で着てもらう。そうして、ようやく呉服業界に、新たな職を生み出し、この素晴らしい伝統文化を未来につなげる一助となれるのだ。一着目はユニクロでもいい、ぜひ2着目は伝統とつながる浴衣を着てほしい。注染染めで手縫いのお仕立てで、約3万円から、ご用意できる。高いか安いか一度着てみて判断してほしい。そしてそれはこの国で生まれ育ったあなたにだからそうおものだ。そしてそれは贅沢ではなくこの国の未来をつなぐものとして
経済産業省は、日本の伝統文化である着物の復活によって地域を活性化させようと、着物での出勤などを盛り込んだ報告書をまとめました。
経産省の研究会は、職員が着物を着て出勤する「きものの日」を設定することなどを盛り込んだ報告書を公表しました。「きものの日」の具体的な日にちなどは今後、検討し、経産省だけでなく霞が関全体に広げたいとしています。地方の中小企業が多い着物産業はピーク時の6分の1まで市場規模が落ちているため、産業として復活させることで地域経済の活性化につなげる狙いです。ここ数年、若者を中心に低価格の着物の需要が増えていることや訪日外国人の関心が高いことを追い風に国内外にアピールする方針です。(TV朝日インターネットより http://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000052775.html )
さかえ屋東京支店長 越智 クリンキグト 香保利
*もし浴衣の本物を知りたいと思ってくれたら、どこの店でもいい、「注染染め」と書かれた反物と、ユニクロの浴衣を見比べてほしい。この国に生まれ、育ったあなたの目は正直なはずである。その違いがきっと見える。
- by kimonosakaeya
- -
- comments(0)
- -
- 2015.06.17 Wednesday
- 17:39
- -
- -
- コメント
- コメントする